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刑事部門博物館

最終更新: 2019年11月4日


「教育刑論の立場にたって、刑罰の歴史を展示しています」

「やはり、隠されているものには抗えない魅力がありますから」

「人間の本能ではあるんでしょう」

「罰ではなく、制裁ですね」

「臭い物に蓋をしたまま、でいいんでしょうか」


明治大学博物館 学芸員 外山徹氏より


2018年5月9日 インタビュー

ライター:Maeda



我々が生きる社会は、個人の幸福追及以上に社会貢献を求めるような傾向がある。もちろんそうすることで社会が健全に発展するのなら喜ばしいことなのだが、それと同時に個人の社会への帰属を強いることにつながっているのかもしれない。そんな空気につられて、我々自身もアウトサイダーになることを必要以上に恐れるあまり彼らを自分と全く異質なものと切り離して考えてしまってはいないだろうか。

猟奇趣味、それが嵩じてアウトサイダー、つまりは犯罪者になったという事例は数多い。猟奇趣味をサブカルチャーの一つとして捉えるなら一つご紹介したい場所がある。おこがましい事に今回我々が訪ねたのは明治大学構内にある明治大学博物館。まさかサブカルトーキョーが大学機関にお世話になるなんて思いもよらない展開だ。それにしても学芸員の方の渋い表情が眼に浮かぶ。立派な博物館をサブカル呼ばわりするのは少々気が引けるからだ。しかし、アカデミックにサブカルチャーを解き明かす事ができるというのはまたとない機会ではないか。明治大学博物館の常設展示は、建学の精神である「権利自由」に則って商品部門・刑事部門・考古部門の三部門に分けられている。中でも刑事部門は日本の博物館としては珍しく、捕物道具や拷問器具などといった刑事関係資料を展示している。また、それらを歴史的な流れを通して鑑賞できるのは大学機関での展示ならではだろう。日頃猟奇趣味の欲望を満たせていないあなたには、ぜひ尋ねることをお勧めする。そこには、普段リアルに接することのない身の毛もよだつような血生臭い刑罰の歴史が広がっているからだ。

館内は博物館らしく静かな空気が充満している。ただ、刑事部門の展示からは、アカデミックで厳かな空間の中でもどこかミステリアスな雰囲気が醸し出されている。展示物をいくつか紹介しよう。



戦国時代の武将たちが自分の領地を統治するために定めた分国法。戦国時代では報復行為が起きても、それを統制できる絶対的な中央政権が存在しなかった。そのため、秩序を守るために各有力大名たちは為政者としてこれを代行し、分国法を作る必要があったのだ。ここでは、喧嘩両成敗で知られる武田氏の「甲州法度次第」や今川氏の「今川仮名目録」などが展示されている。



江戸時代、同心たちが犯人を捕まえるのに使っていた十手。「鬼平犯科帳」や「伝七捕物帳」など、時代劇好きにはたまらないラインナップなのではないだろうか。



拷問と言えばのび太が廊下でバケツを持っている姿を想像する。そんなノリで洗濯板のようにギザギザした土台に正座し、50kgほどの石を縛りつけられたらどうだろうか。のび太の持つバケツが可愛く思えてくるだろう。やはりこの拷問はしみじみとエグい。コンパクトながらも強い痛みを与えるところに和の心を感じさせる。



笞刑、鞭打ち刑を描いた図。大和朝廷の時代から行われた刑罰で、江戸時代では竹でできた鞭を用いて背中やお尻・太もものあたりを男女に関わらず打っていたようだ。「子供のしつけ」と聞けば「お尻ペンペン」を思い出すが、それは一つの伝統的なペナルティなのかも知れない。



火刑、つまり火あぶりの刑の様子を描いた図。全身が炎に焼かれる苦しみは想像するに耐えないが、受刑者の多くは炎に焼かれる前に立ち込める煙によって意識を失っているのだそうだ。



磔刑に使われる磔柱。イエスの処刑に使われたこの刑罰は、日本でも用いられていた。主に主人や親を傷つけたり殺害したときに適用され、磔にされた上に槍で左右の脇腹を突かれるというなんとも残酷な刑罰だ。また、磔刑の様子は一般に公開されていたという。謀反を何よりも恐れていた江戸時代だからこそ残酷な処刑の様子を民衆に公開し、見せしめとしても機能させていたのだろう。



近代以降、日本の処刑は絞首刑が主流になっていった。現在も日本では死刑制度が残存しており、死刑囚たちは13階段を登り絞首台に向かうまでの日々を過ごしている。



興味深い展示物の数々。その中でも目玉とされているのは、中世ヨーロッパで使用されていたとされる「鋼鉄の処女」。アイアン・メイデンの名前でも有名で、魔女狩りなどに興味がある方はご存知だろう。処女の身体の内側にびっしりと生えた太く鋭い無数の針に貫かれたら…。想像するだけで身震いしてしまう。ただ、現在では受刑者を身体的ではなく精神的に追い詰める恥辱刑に使われたとの見方もある。要するに見せしめの飾りとして機能していたのではないかというだ。

普段なかなか当事者として意識することのない刑罰と刑法。筆者自身アンダーグラウンドな猟奇趣味の一環のようにこの刑事部門での展示を捉えていた。しかし、展示を見て行くうちに刑罰の歴史には政治権力との関わりが密接であることに気づかされた。つまり市民にとって犯罪とは自然と生まれる認識ではなく、国家が定めた法に背くことで社会的にそうみなされるものであるということだ。ここから、より深く日本の刑罰やそれに関する日本人の意識について考えるため、学芸員の外山氏にお話を伺うことにしよう。


インタビュー 明治大学博物館 学術・社会連携部/博物館事務室/学芸員 外山徹 氏


明治大学博物館で刑事部門を扱うのにはどういった理由があるのだろうか。

はじめに、刑罰に対する意識についてお話を伺った。



「教育刑論の立場にたって、刑罰の歴史を展示しています」


人類は社会を形成する上で、秩序を守るために刑法と刑罰を生み出した。その根底には「目には目を、歯には歯を」の一節で知られるハンムラビ法典に代表されるような、刑罰は「過去の犯罪行為に対する応報として犯人に苦痛を与えるためのもの」とする応報刑罰論によるものと、刑罰は「受刑者を教育・改善し社会復帰ができるようにすることが目的」だとする教育刑論の考えが流れている。教育機関である明治大学博物館刑事部門としては、更生の可能性を見出す教育刑論の考えに基づいているそうだ。

「刑罰について言及することもままならない時代に、よく設立したなあとは思いますよ」

明治大学博物館刑事部門の前身である刑事博物館が設置されたのは昭和初期。当時国家の国民に対する視線は厳しく、国家に対して疑問を投げかけるような行為はご法度だった。その空気の中で、極刑として定められた死刑に反する立場にある教育刑論に則り、日本の刑罰を振り返る展示を行ったのである。たとえ相手が国家であったとしても、疑問は疑問として投げかける姿勢には学生を擁する教育機関としての心構えが現れている。



「やはり、隠されているものには抗えない魅力がありますから」


では、そんな博物館を訪れる人々はどのような人々なのだろうか。客層についても尋ねてみた。明治大学博物館の来場者数は年々上昇しており、昨年度は約10万人もの人々が訪れたそうだ。その客層に特に偏りはないが、強いていうならば高齢者が若干多いという。ただ、明治大学の学生をはじめとする若年層の来場も年々増えている。その裏側には、やはり日本には刑罰や死へのタブー視があるのではないだろうか。例えば、マスメディアの放送にはもちろんコードがあるためメディアを通じて我々が死を目の当たりにすることはほとんどないように。また、歴史を振り返っても刑罰には「晒し首」「市中引き回し」といったように見せしめ的要素が含まれていることは明白だ。しかし、現代の日本では処罰の様子が一般に公開されることはない。もちろん過剰にショッキングな情報の扱いに配慮するべきではある。しかし、それでもどこか隠された情報に対する好奇心は我々の中に確かに存在している。



「苦しみを想像できていないのかもしれませんね」


明治大学博物館を訪れる人々が足を止めるのは、やはり先ほど紹介した鋼鉄の処女やギロチンが多いという。この二つは処刑器具として有名であるし、やはり実物は見応えもある。ただ、処刑器具は犯罪者の命を奪うすなわち死刑執行のための器具であるため、教育刑論の考えとは反しているのだ。来場者の投書を見ていて、外山氏には少し気になる変化がある、という。以前までは、処刑道具の残酷さはもちろん、処刑される側に立った感想がよく見られたそうだ。しかし近年ただ残酷さについて触れるといっても、「この処刑法がある時代に生まれなくてよかった」といった感想が増えてきたという。たとえ一点であったとしても、現代を生きる我々にとって歴史は地続きになっている。しかしそれを想像せず、完全に現代社会と切り離して捉えているような意見が目立つそうだ。また、「デザインがかっこいい」というように、そもそも処刑を他人事として考えている人の感想も増えてきている。きっと、犯罪者も刑罰によって苦しめられているのだという意識が薄れているせいだろう。ここからも刑罰と自分を分化している傾向が見いだせる。刑罰を社会の一部として認識している外山氏と、猟奇趣味を満たすために明治大学博物館を訪れる人々の間には展示に対する意識の大きな乖離が生まれているのだ。


「人間の本能ではあるんでしょう」


こういった人々の傾向には、やはり拷問や刑罰といったものごとが猟奇趣味として、アンダーグラウンド、サブカルチャー的に扱われている現状が関係しているだろう。こういったサブカルチャーとしての見方について、アカデミックな場である明治大学博物館の学芸員として、外山氏はどのように捉えているのだろうか。まず猟奇趣味に関して、やはり人間には「隠されているものこそ見て見たい」という怖いもの見たさを持つという本性があるのではないかと語る。そういった人間の本能自体は理解できるという。ただ、隠されたものごとは、隠せば隠すほど関心をあつめる。関心が集まれば、そのものごとに対する情報量も増えていく。すると、それだけフェイクな情報も社会に放出されていくのだ。誤った情報は人々に視点の偏りをもたらす。そのために、日本では刑罰に対する歴史的な認識を持たないままにアンダーグラウンド、サブカルチャーとしての視点で刑罰や拷問を見つめてしまう人が増えているのではないだろうか。


「詮索できる要素が多いというのも人々の関心を集めているのかも」


猟奇趣味の一環として、猟奇殺人犯の人気というものがある。ピエロの仮装というアイコニックな出で立ちで、数々の少年を手にかけたジョン・ウェイン・ゲイシーなどはその最たるものだろう。獄中で彼が描いたピエロのイラストはアウトサイダー・アートとして好事家の間で人気を博す。そして彼の存在はエンターテイメントまで影響を与え、ホラー映画「IT」では殺人ピエロ・ペニー・ワイズのキャラクター造形の元となった。また、切り裂きジャック事件は今も真相を検証する人々が後をたたない。この人気には、やはり我々の「怖いもの見たさ」の欲望が一役買っている。上にあげた例は、猟奇殺人として最も有名なものだ。そのため同じくフェイクな情報が増え、真実以上に恐ろしく興味深い「空想の怪物」を我々自身が作り出してしまっているとも言えるだろう。ただ、いくら我々にそういった欲望があるからといって、実在の事件をエンターテイメントとして消費するのは外山氏にとって手放しで肯定できるものではない。なぜなら、猟奇殺人犯が存在するということは同時にその被害者も存在していることでもあるからだ。



「判官贔屓という言葉もありますしね」


また、主にソーシャルゲームなどで処刑された人物や不遇のうちに一生を終えた人物が「不憫キャラ」といったような扱いで人気を集めている。そういったキャラクターに人気が集まるのはどうしてだろうか。そこには、日本人の「判官贔屓」の精神が根底にあるのではないかという。源義経や石川五右衛門など、未来ある優秀な若者や市井の人々のために尽くした義賊の悲しい最期は、やはり人々に哀惜の念を呼び起こすストーリーになる。また、彼らの死の共通点として「反体制の側の人間」が「体制の圧倒的な力の前に」無残にも殺されたという点が挙げられる。こういった反権力的、強いものに対して反抗したものの死は、ある意味「殉死」のように我々の社会に受け止められているのかもしれない。


「当事者意識が希薄になっているように感じられます」


来場者の感想の変化や、刑罰・拷問といった残酷なもののアンダーグラウンド、サブカルチャー的な扱われ方にはどんな背景があるのだろうか。そこには我々の刑罰に対する当事者意識の希薄化があるのではないか、と外山氏は話す。サブカルチャーといえば、いわゆる社会に対するカウンターの立場をとるとされる。本来社会構造に組み込まれ議論の余地があるはずの刑罰・拷問が、それに相応する関心や知識を大衆から持たれていないためにそこから外れてしまっているのではないかということだ。それに加えて、刑罰や拷問の猟奇的な側面がエンターテイメントに利用されることで嗜虐趣味や猟奇種味といったアンダーグラウンドな関心に応える形になった。その結果、サブカルチャーの範疇に収まっている現状があるのだ。



「罰ではなく、制裁ですね」


犯罪者は刑法に則って刑罰を下される。しかし、このように法律として明文化されていない制裁行為がある。たとえば、農村部で行われる「村八分」やインターネット上で日夜行われている制裁行為、いわば「私刑」のようなものだ。これらには刑罰と比べて、はっきり「ルール外の制裁である」という差異を見てとることができる。特にインターネット上の私刑は、印象的な事件が起きた際に犯人の家族や実家を特定するなどといった行為が問題となっているため皆さんご存知だろう。この「ルール外の制裁」は、刑罰が犯罪防止のためというより社会の中での「掟」や「暗黙の了解」を犯したことに対する応報であるという絶対的応報刑罰論の考えが根底にある。重罪を犯したからといって、その家族までもが今後の生活もままならなくなるまでに制裁を受けるべきだろうか。一度アウトサイドへ転げ落ちたものには更生すら許されないのだろうか。彼らは公然と攻撃してもいい存在に成り下がる訳ではなく、あくまでルールに則って下された刑罰や教育を受け止め、更生することが求められているのだ。こうしたインターネット上で繰り広げられる制裁に対して、書き込んだPCのプロバイダを開示するなど対処制度を整えていくことが必要なのではないか、と外山氏は語った。



「慎重に考えるべきです」


インターネット上では、匿名報道される少年犯罪に対して私的な制裁を与えづらいこともあり厳罰化を望む声がよく聞こえる。少年による凄惨な犯罪の事例も数多い。厳罰化を望むムードに対し、教育刑論をとる外山氏はどういう立場をとるのか。外山氏は、まず刑事処分や少年院送致の規定年齢について実年齢と精神年齢の乖離を疑うべきではないかという。また、少年がいかにして事件を起こしたのか、生育環境を詳しく精査する必要があると考えているそうだ。



「死刑は支配者側に立った刑罰ですよね」


また、ヨーロッパをはじめとして世界的に廃止の傾向が強まっている死刑制度。日本には依然として健在しており、昨年度も4人の死刑が執行された。死刑は、ご存知の通り犯罪者の命を奪う刑罰だ。つまり、犯罪者の更生の可能性を度外視した応報刑罰論の最たるものだと言えるだろう。この死刑制度に対する見解も伺った。世界最古の法典とされるシュメール法典やハンムラビ法典は応報刑罰論をとっていたのだが、世界的に歴史が進むとともに刑罰は教育刑論へと流れを変えていった。また、犯罪者の人権を考慮し見せしめ刑としての側面も薄れていった。しかし、死刑制度はまず市民ではなく支配者側に立った刑罰であるという。殺人を禁ずる国家が死刑囚に対する殺人を「決まり」として肯定しているためだ。また、他の犯罪者と比べても死刑囚が占める割合は非常に少ない。それにもかかわらず、彼らの存在は他の犯罪者に比べはるかに世間に知られている。死刑制度そのものが現在もみせしめ刑として機能している部分もあるのではないだろうか。



「彼らには、応報刑罰論を克服してきたという自負があるんです」


日本の現状に反して、刑事関係資料の展示が珍しくないヨーロッパの国々。どうしてこれらの資料の展示に積極的なのだろうか。その答えは、歴史を読み解くと見えてくるらしい。例えば、ギロチンと聞いてあなたは何をイメージするだろう。多くの人がフランス革命時の王族処刑を思い出すのではないだろうか。ギロチンの発明は、フランスにとってまさにエポックメイキングな出来事だった。ギロチンはフランスの絶対王政の崩壊だけではなく、庶民にも使用されることによって処刑の元に平等を認めることに繋がったのである。また、ギロチンは死刑囚の苦しみを最小限に抑えることを考慮に入れた処刑具、つまり死刑囚の人権に配慮がある処刑具でもある。従って、「目には目を、歯には歯を」といった応報刑罰論に則る残虐な刑罰を克服したという自負が彼らにはあるのだ。そのため、刑事関係資料を展示することにためらいがないという。



「臭い物に蓋をしたまま、でいいんでしょうか」


世界的な死刑制度の変化に反している日本。そこには、先ほどにも述べた通り社会の犯罪に対する当事者意識の希薄化が関係しているのではないか。では、どうして刑罰の歴史は隠されているのだろう。日本で刑事関係資料を展示している数少ない博物館として、認識を伺った。まず、日本の体質として臭いものには蓋をする、つまり負の遺産をあまりおもてに出したくないという点が挙げられるそうだ。そこには、日本の政治体制にも原因があるらしい。例えば、あなたは浦上天主堂をご存知だろうか。浦上天主堂は長崎にあるキリスト教会である。昭和20年8月、日本に落とされた二つ目の原子爆弾はキリスト教会を破壊し数多くの信者が亡くなった。広島の爆心地は「負の遺産・原爆ドーム」として今も悲惨な歴史を語り継いでいるが、浦上天主堂は取り壊されてしまった。ここには、キリスト教国であるアメリカが同じくキリスト教を信じる日本人を非人道的な兵器で大量に殺戮したのだ、という原爆ドームとは異なる事情がある。そのためか浦上天主堂は取り壊された挙句、その歴史が振り返られる機会も不足している。こうして負の遺産を振り返る機会が十分でないために、日本では負の遺産や処刑具・拷問具を主体的に捉えることができず、ただの恐怖の対象として捉えてしまっているのではないか、と外山氏は語った。


「歴史のリアリティを感じられる展示を行う必要があるんです」


負の遺産を振り返ることが不十分な日本の博物館展示。では、負の歴史に対してもリアリティを感じ、当事者意識を持つにはどういった展示が必要なのか。博物館展示のこれからについて伺った。博物館の歴史的展示における手法として、「グランド・ナラティブ」と「オーラル・ヒストリー」というものがある。前者は主に国家や政府といった言わば「体制側」の視点から見た歴史を伝えるものであり、後者はその歴史の当事者個人の視点から見た体験談や日記などの資料をさす。沖縄戦について例を挙げれば、前者は「沖縄平和資料館」にあたる。そこでは沖縄の近代化や、日本のアジア侵攻についての歴史に関して展示されている。後者には「ひめゆりの塔」「ひめゆり平和祈念資料館」があたる。ここでは、戦中「ひめゆり学徒隊」として活動した少女たち自身の口承資料などが展示されている。この二者を訪ねたとして、当事者意識を強く感じさせられるのはどちらだろう。「オーラル・ヒストリー」の形式の展示の方が個人の生々しい記憶を感じられるのではないだろうか。しかし、現状日本の博物館展示では「グランド・ナラティブ」のものがほとんどだという。そのため、歴史に対する知識を持っていたとしても歴史に対する当事者意識は希薄であるという状況がある。市民の視点を知ることで当時の空気を感じ、歴史のリアリティを感じることができるのだろう。



市民は国家が定めたルールに則って生活している。このルールからあぶれる人はいつの世も必ず存在し、罰されてきた。彼らを生み出すのは国家によるルールであり、周囲の環境であり、社会である。犯罪者を我々と無関係なものとして社会から切り捨ててもいいと、果たして言えるだろうか。


外山氏もいう通り、人間には「怖いもの見たさ」の欲望が確かに存在している。それを否定することはできないし、人に危害を与えない範囲でその欲望を満たしてもいいだろう。ただ現代社会で生きる限り、歴史は常に我々の後ろにあり未来へと続いている。


また、「悪人正機」という仏教用語がある。これは「善人ですら救われるのだから、悪人はなおさら救われる」というもので、悪人であるほど自己の罪を認識すれば阿弥陀如来に深くすがる事ができ、信仰を深め極楽往生する事ができると説く。浄土真宗の開祖・親鸞が唱えた考えだが、教育刑論に繋がっているように私には思える。


最後に、外山氏から一言いただいた。


「歴史に対する当事者意識を持っていただきたいです。今で良かった、というその今がいつ昔の状況に戻るかもしれないんだから」


普段ひた隠しにされている陰惨な負の歴史。せっかく刑罰・拷問に対するサブカルチャーとしての関心があるのなら、その正しい知識を学んでみるのも、より理解を深める助けになるかもしれない。


https://www.meiji.ac.jp/museum/criminal/keiji.html

月:10:00 - 17:00

火:10:00 - 17:00

水:10:00 - 17:00

木:10:00 - 17:00

金:10:00 - 17:00

土:10:00 - 17:00

日:10:00 - 17:00

定休日:http://www.meiji.ac.jp/museum/guidance/info.html

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