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猫の郵便局というなまえのお店

最終更新: 2019年11月4日


「猫の雑貨と切手の組み合わせはうちだけ」

「うちのサブカル的なおもしろみは売らないものを展示してる部分が多いっていう。」

「古いものに浸ってる時間が好きなんだよね。」

「日本の文学の人って本当に猫好きだったんだなって。」

「買わなくても見ただけ得だと思って帰ってもらいたいんだけどね、本当は」


ねこの郵便局というなまえのお店店主 福本高明氏より


2018年5月11日 インタビュー ライター:Imura

「雑貨」とはなんだろうか。生きていく上で必要不可欠ではないかもしれないが、生活を彩るもの、そういったところであろうか。突然かもしれないが、そういう意味では猫も同じかもしれない。私たちが一生を遂げるうえで絶対に必要というわけではないが、いたならば生活を、もっと言えば人生をも豊かにしてくれる。そんな、「雑貨」と「猫」の思いがけない共通点を発見してしまうようなお店に足を運んだ。

それは神楽坂にある「ねこの郵便局というなまえのお店」。神楽坂は数々の文豪たちとゆかりのある地でもある。泉鏡花や北原白秋、尾崎紅葉の旧居跡だけでなく、夏目漱石の前期三部作の一つ『それから』の舞台であり、主人公代助が住んでいた街としても知られている。それだけでなく、芸妓屋や遊女屋がひしめく花街でもあった。つまり、文学者たちと深く結ばれているという健康的な側面と花街としての遊びの側面も持っていたのだ。今やその二面性は由緒ある区域とまとめられ、スタイリッシュな街という新たなイメージも定着しつつある。過去と現在を同時に感じられるのではないだろうか。



神楽坂駅から歩いてお店に向かう途中に赤城神社がある。神聖な空気が流れている一帯から突然目に飛び込んでくる真っ赤な看板。それを見た瞬間、胸が高鳴って吸い込まれるように足が自然と動き出す人はきっと多いだろう。



お店の前を通りかかれば、つい足を止めてしまうのも無理はない。実際、我々の取材中もそういう通行人の方は多かった。バス停、だるまを被った招き猫、ダイヤル式電話機、なんとまたたびまであるのだ。目移りが止まらない。



お店の外に立ちすくんでいるこのバス停、実は店主の福本氏のお手製なのだ。というのも、お店がお休みの際にはシャッターを閉めきるのだが、たとえお店が閉まっていても何かお客様に喜んでもらえるものをと思い作ったのだそうだ。オープンして1年目のことと教えてくださった。福本氏はバス停を見かけるとバスの本数が気になったり、レトロな印象を受けたりするらしく、数あるアイデアの中からバス停を選んで作ったのだとか。郵便局を想起させるような赤と白の配色は「ねこの郵便局前」という停留所にぴったりだ。



バス停の裏には時刻表も書かれており、遊び心が細部まで行き渡っている。



御利益が倍増しそうなだるまを被った招き猫。これももちろん既製品ではない。福本氏が壊れた招き猫を修理している際に、だるまをかぶせたらおもしろいし隠せるかもと思いつき、今の姿に至る。



ダイヤル式電話に添えられた「どうぞおかけください」の文言。これには多様な反応があるそうだ。実際にダイヤルを回して電話を掛ける人や電話が置いてある椅子に腰を「おかけ」しようとする人もいたらしい。楽しませてくれる側もそれを全力で楽しむ側も粋である。こういったついクスッと笑ってしまうような微笑ましい仕掛けが店中に点在していることで、その場にはここだけの時間が流れているような錯覚に陥る。新しいおもちゃを与えてもらった子どものように、童心に帰れるといった感覚だろうか。



写真左手のブリキ缶に入っているのがまたたびだ。猫を飼われていない人にはあまり見覚えがないため、新鮮に映るだろう。



猫のしっぽが生えた椅子。座ればあなたも猫の気分を味わえること間違いなしだ。ねこの郵便局は「写真オールフリー」と福本氏がおっしゃっていたので、カメラロールの一枚にしておいて損はないだろう。



ねこの郵便局のポストの回収時間はその「時」の気「分」ごろなので、投函する際はご注意を。さあ、さっそくねこたちの郵便局にお邪魔しようと思う。


インタビュー ねこの郵便局というなまえのお店店主 福本高明 氏



「店名が郵便局ということで猫の切手の在庫量と種類は一応日本一を目指してる。特化してるね」



店内は猫グッズで溢れているが、やはり一番のこだわりは店名の由来にもなっている郵便関連のもの、特に切手だそうだ。私は切手に明るくないので、猫の切手の種類の多さに意外の感があった。福本氏曰く、世界的には猫よりも犬の切手の方が多いそうだ。また、猫の切手は研究が未開拓らしく、全容が明らかになっていない。そう、猫の切手は謎に包まれているのだ。そんなベールに包まれたものを存分に味わえるのはここ、ねこの郵便局だけかもしれない。

「猫の雑貨と切手の組み合わせはうちだけ」



確かに、巷の雑貨屋で切手を見た覚えはない。他に類を見ないこの組み合わせがお店の核を構成しているのだ。そして、このお店の特徴はそれだけではない。

「切手が貼れるお店は世界に一個だから」



実はお店自体に切手を貼ることができるのだ。今ではお客様が壁や柱に貼り付けられた切手を見て驚く顔や、貼られた切手を見て懐かしいと言ってくださるのが嬉しく、この珍しい取り組みをやっていて良かったと思うのだと福本氏は語った。ちなみに、切手のストックや貼る場所はまだあるので遠方からいらっしゃる方や、貼りたいという方には貼ってもらっているそうだ。

「ここ通る近所の子でも大体覚えるんですよ。小学校1年生くらいでも覚えられる店名だったらいいなと思って。日本中の誰でも小っちゃい頃から知ってる名前が一番」

そしてずっと気になっていた店名についてうかがった。聞き慣れない洒落た横文字よりも、一度聞いたら忘れないというところに重点を置いたそうだ。こういうところにも、気取らないお店の雰囲気や福本氏の人柄が詰まっている。子どもたちでも覚えやすいというだけでなく、大人は「ねこの郵便局」というまるで絵本のタイトルのような響きにノスタルジーを感じるのではないだろうか。

「矢来町っていうのがね、夏目漱石が3ヶ月だけ住んでたんで。で、『吾輩が猫である』を一つテーマに柱としていこうってことでここにした」

次に、どうして神楽坂にお店を開いたのかをうかがった。1903年、漱石が留学先であるイギリスから帰ってきた年に、彼は3ヶ月間だけ矢来町で暮らしていたそうだ。住んでいた期間が短かったため塚や記念碑などは特にないそうなのだが、「矢来町に居す」という内容の原稿があるのだと福本氏は教えてくださった。たとえモニュメントがなくても、100年以上前に漱石が暮らしていた息吹を感じられる。矢来町とはそういう場所なのだ。



「近代日本史上最初の猫の本かな。あと芸術的にはそれを超える本がないな。最初の猫の本であってそれを超える文学的な芸術のポジションにいけるようなのはまだないね。最初からここまで作れる偉大さがすごい」

先に書いた通り、『吾輩は猫である』がお店の一つの成分である。そのため、同書でも様々なバージョンが揃っている。オリジナルや復刻版、そして英語版や児童書版などなど。時代を追って版を重ねるごとに漢字や表記が変わっていたり、漱石特有の文体が英訳によって日本語とは違う印象を受けたりするだろう。物語として味わった後には、そういう楽しみ方が待っているのだ。また、『吾輩は猫である』を皮切りに猫をモチーフにした文学作品が次々に誕生する。谷崎潤一郎や内田百聞など、歴史に名を刻むような多くの小説家が猫を題材にした。しかしその中でも『吾輩は猫である』は原点にして頂点であり、そういった点が福本氏の心を掴んでは離さないのだろう。

「明治という時代背景を分かってないと面白くないけど、でもよくよく引っ張ってくると言葉が美しいんで、漱石のね。そういう意味で読んでると、読み終えると忘れちゃうんだけど読んでる間は心地いいっていうそういう感覚だと思う」

『吾輩は猫である』は言わずもがな日本近代文学の傑作として知られている。アイロニーとユーモアに富んだこの作品は、同時代の作品と比べて明らかに一線を画していると言われることが多い。そういう社会風刺の諧謔を理解するためには時代考証を知っていた方がいい。しかし全部を理解するのは困難だし、それはすでに学者たちによって研究がなされている。難しい上に生業にしている人には敵わないなら、自分なりの感性で作品を読むことが文学の楽しみ方であろう。漱石の書く日本語の美しさに陶酔することもその一つかもしれない。

「当て字文化の元祖みたいな、日本語を作ったみたいな人だから。ロマンチックな世界を明治の中で切り崩してったというか新しく生み出した人だから。すごいんすよ、当て字の文化が」

漱石の魅力として当て字についても語ってくださった。既存の言葉のままでもいいのにあえて当て字で表記する遊び心は、当時の文壇では発明だったそうだ。漱石が作り出した当て字が現代では正式な漢字になっているものもある。例えば、「沢山」や「兎に角」「浪漫」など、今では周知の当て字が沢山あるのだ。彼が100年後の我々現代人にまで与えた至大な影響を鑑みると、当時の衝撃は凄まじかっただろう。夏目漱石の偉大さを再確認できた。また、漱石の書簡もおすすめしてくださった。思いやりがあって、ユーモアが溢れているから是非とのことだ。このように、当て字や書簡からも見える遊び心を忘れないという漱石イズムをねこの郵便局というなまえのお店は継承している。

「『吾輩は猫である』って映画2回作ってて、2本目が市川崑の映画なんですよ」



『吾輩は猫である』は1936年と1975年の計2回映画化がなされている。1936年版のものは戦前ということもあり、珍野苦沙弥役を演じた役者は広島の原爆に遭って死に至っている。そして1975年版の監督を担当したのは市川崑である。彼は代表作『ビルマの竪琴』を始めとする数々の名作を世に送り出し、昭和の映画界の第一線で活躍した巨匠だ。つまり、『吾輩は猫である』は活字ではもちろん映像でも高いクオリティーで楽しめるということだ。1905年に漱石によって書かれた原作に加え、30・70年代の映像化作品までも味わえるのは今を生きる我々が受けることができる多大な恩恵だ。また、映画版の当時のおもしろい取り組みについて福本氏は教えてくださった。なんとたばこの箱が映画の割引券になっているのだ。実物も見せていただいた。日本専売公社と書かれており、正式な取り組みのようだ。

「本来絵本とかって出版社とか仕事で描くのが普通なんだけど、この人はなんかね自分の子どものために描いたって書いてあって。子どものために描いた絵本だから愛情がこもってて素敵だよね。これ描いてる途中じゃないのって感じするけどそれが全然気になんない、美しい」



猫文学の入門編として絵本『長ぐつをはいたねこ』を紹介してくださった。特にスイスの絵本作家ハンス・フィッシャーが描いたものがおすすめだそうだ。今年はフィッシャー没後60年ということに加え、何と原作を書いたシャルル・ペローの生誕390年のアニバーサリーでもある。そんな偶然が重なったこともあり、今年は推しているのだとか。フィッシャーが自分の子どものために描いたということもあり、素朴な絵のタッチがとても可愛らしい。クレヨンでざっくり塗られた感じは何だか温かい和やかな印象を受ける。

「素敵なカバーの絵本、飾っておきたい絵本が中心かな」



商品を仕入れるときのこだわりをうかがった。まず『吾輩は猫である』『長ぐつをはいた猫』関連であること、そして飾っておきたい絵本であるかどうかが基準であると教えてくださった。確かに、先ほど紹介したハンス・フィッシャーの『長ぐつをはいた猫』も飾っておきたいカバーの絵本だ。絵本のほとんどは子どもに向けられて書かれ、そしてそれに伴ったイラストが描かれる。幼少期を追憶することができる絵本を私たちは飾っておきたくなるのではないだろうか。大人から見た絵本とは、少年・少女時代という儚くて短い貴重な時間の形象なのかもしれない。

「うちのサブカル的なおもしろみは売らないものを展示してる部分が多いっていう。ポストとかなかなか無いんですよ。でもこれでドーンとあるかないかでやっぱりお店の印象と、来てこんなの見たっていう驚きを生んでくれるからまあもう元取れたかな」



外に郵便ポストがあっても私たちは何の気無しに通り過ぎていることがほとんどだろう。しかし、屋内にあるとその不自然さ故なのか気になってしまう。思い返せばこんなにまじまじと郵便ポストを見たことがない。他にも非売品なのだが、ダイヤル式電話や木彫りの眠り猫などを展示している。また、電話だけ猫にも郵便局にも縁がなくすっきりしないが、電話は郵便と派生が一緒なのだそう。通信事業の一つとして軸は同じなのだ。百聞は一見に如かず、是非実際にその目で見ていただきたい。



「うちラジオ局持ってるんで。1588曲入ってるんでそれがランダムに流れるようになってて、70年代のラジオからかかるっていうね。音変わるんだよね、普通にステレオ置くよりも温かい」

ラジオも非売品だ。真空管ラジオやビンテージ風のラジオがあり、店内で鳴っているのは70年代のソニーのラジオだそうだ。店内に流れるレトロな雰囲気に、昭和のラジオから流れる音までもが一役買っている。また、時計も柱時計で心地よい振り子の音がする。目からだけでなく、耳からも古き良き時代を感じさせるため、お店に来ると居心地がいいというお客様が多いのだろう。ちなみに、バッグミュージックには100年以上前のドイツ・フランスの映画音楽から美空ひばり、はたまたお店の常連様でもあるロックバンド「THE SOUND BEE HD」の曲までとジャンルの幅は広い。

なんでも「THE SOUND BEE HD」のメンバーもよく訪れるらしく、福本氏がなにやら、奥から大事そうに持ってきた、眠り猫の記念硬貨もメンバーのDaISUKE DARK SIDE氏から譲り受けたものだという。数ある非売品の中でもなので、サイン入りなのでこれだけは一点物だ。貴重なものなので興味がある方はぜひチェックして欲しい。「THE SOUND BEE HD」も。



[THE SOUND BEE HD - ENDLESS DEAD]


「古いものに浸ってる時間が好きなんだよね。これ誰持ってたんだろうとか、まとめてこんだけあるってことは同じ人が売りに出したのかなとか、よく集めたなとかそういうの妄想するのが楽しいね」

お店をオープンする前、福本氏は趣味で神保町に通っていたそうだ。神保町、そこは古書や骨董品などが集まる歴史を重んずる町。そこに足を運んでは版画や浮世絵、竹久夢二の作品を集めたり、古物商のオーナーに話を聞いたりしていたそうだ。そこで蓄積した情報があったため、お店を開くのも苦労しなかったのだとか。また福本流の古物の楽しみ方は、この作品のここが好きだ、美しいといった評価の側面からではなく、以前の持ち主や垣間見える情報などから想像をすることだ。長年古物をご覧になってきたのだから、作品に対する審美眼は相当のはず。確かな眼を持ち合わせつつ、頭でっかちにならないで作品を無邪気に楽しむ姿勢を忘れないのは収集家として至高な在り方だろう。



「この辺の電球の傘もお店のために買ったんじゃなくて自分の事務所用に買った昭和のなんですよ。使ってる机もイギリスの100年前の机なんだよ、実はこれ。見えないけど自慢の逸品。多分ねそういうのが醸すんだろうね。それと新しいものが上手くマッチングして不思議な世界観が出来る」

店内に溢れるレトロ感の秘密はここにもある。昭和時代の電球の傘。室内を明るくするためというよりかは、ほんのりと照らし出してくれるような、そんな明かりだ。また、机も100年前のイギリス製だそうだ。古物の素人である我々は、見ただけでは年代物と判断できない。しかし、70年代のラジオから流れてくる音や昭和の光、そして異国の歴史が詰まった机は何も知らない私たちをも「なんかいい」と思わせてくれる。次々と新しい製品が生まれるこの時に、古さが発生させる「なんかいい」は私たちを落ち着かせ、安心にも似たような穏やかさを与えてくれる。

「唐猫ね。まあ珍しいから貴族しか飼えなかったらしいけどね。で、次は江戸時代に入って芸者が飼ってた」

話は猫の歴史に移る。そもそも猫は奈良時代に、中国から輸送されてきた書物を乗せた船の鼠除けとして扱われていた。中国船が日本に上陸した際に、猫も日本に上陸したと言われている。そして江戸時代に入ると芸者たちがより見映えを華やかにするために飼っていたそうだ。猫の存在意義が実用性からペットへとシフトしてきているのが分かる。

「日本の文学の人って本当に猫好きだったんだなって。『作家の猫』って本が2つも出てるくらい」



そして明治・大正期から昭和にかけて多くの著名な作家が愛猫家として知られている。見せていただいた『作家の猫』には、漱石はもちろん、室生犀星や三島由紀夫などの猫にまつわるエピソードと写真が載っていた。文豪たちには気難しくて偏屈なイメージを持っている人がいるかもしれないが、これに載っている彼らはそのような顔はしておらず、むしろ慈愛に満ちた眼差しをしていた。

「仁木悦子さんの、推理小説。江戸川乱歩賞を初めて獲った女性作家さん」

1957年に推理小説『猫は知っていた』で江戸川乱歩賞を受賞した、仁木悦子の作品も揃っている。彼女の作品の表紙には猫が描かれていることが多い。『猫は知っていた』以外にも、『銅の魚』や『凶運の手紙』、『青じろい季節』などの表紙にも登場している。今や猫とミステリーという組み合わせは浸透しているが、このセットのブームの火付け役はもしかしたら彼女かもしれない。猫文学において外せない作家の一人である。

「来てもらった方がいいし。買わなくても見ただけ得だと思って帰ってもらいたいんだけどね、本当は」

猫好きの聖地ともなっているお店で、全国各地からお客様が来るのになぜ通販をやっていないのかうかがった。先述したポストにせよラジオにせよ、ねこの郵便局というなまえのお店には多種多様な非売品が展示されている。それを見て喜んでもらうことが福本氏にとって最も至福なのだろう。さらに、その心についてうかがった。

「やっぱり一人でものにしとかないで誰かと共有した方がおもしろいからね。で、共感してもらえると嬉しいしね。SNSに店の写真アップしてハートがいっぱいつくよりも誰か来て『すごい、時間がないけどまた来ます』っていうぐらいの方が嬉しいよね」



SNSの実態のないいいねや真偽が分からない投稿よりも眼前での生の反応を大切にしているのだ。こういうところにもレトロというか、古き良き精神性が現れている。

「家族がいれば楽しいかって言うと色々なことが起きるわけじゃん。だけど猫がその中間的な立ち回りでふらふらして、それぞれに愛嬌振りまいて甘えて和ませてくれるからいいよな」



福本氏は猫を2匹飼っていらっしゃる。名前はおかゆちゃんとひよちゃん。猫との生活についてうかがった。もし家族間でいさかいが起きたとしても、そんなことはつゆ知らず寄り添ってきてくれたり、起きたら隣で猫も寝ていたり、そういうことが日常に起きると癒されるのだと語ってくださった。干渉しない、そこにいるだけでいいまさに究極の存在なのだ。

「生猫の魅力は温かさと柔らかさと身勝手さが一番いいよね。で、2次元的には文化の領域が広いよね。生猫の数以上に生まれてってるからね、次から次へと。で、まあ2次元と3次元の間の2.5次元の小説の世界にも山ほど猫いるけどそりゃ絶対追いつかないよね」

動物としての猫の触感や気ままさ、文化としての猫は表現の多様性が魅力とおっしゃっていた。雑貨や芸術作品、最近はアプリなどでも猫関連のものを目にすることが多い。猫のキャラクターも挙げればきりがない。表現の幅広さだけでなく、『源氏物語』などの古典作品や江戸時代の浮世絵にも猫は描かれているため、時代という時間も考慮すると膨大な数になるだろう。そして、この現象は日本にとどまらない。しかし、この古今東西に溢れる猫作品をお客様に届けるのが自分の使命なのだと福本氏はおっしゃった。

「お客さんに提供していかなきゃいけないしそれが自分の使命みたいな。使命感と食っていく糧が一緒っていいなとは思ってるからね。『ええ、こんなのあったの』って言われるとすごく嬉しい。喜んでもらえて買ってってもらえたらなお最高」



やはり根底にはお客様の驚く顔や喜ぶ顔が見たいというのがあるのだ。そのために、増え続ける猫作品の造詣をさらに深めつつ、自分自身でも楽しむ態度は発信者としてのあるべき姿なのかもしれない。


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休み:HP参照

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