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刺龍堂

最終更新: 2019年11月4日


「それはもう、クリエイティブとはかけ離れた状況で。」

「模様があるとつい目で追っちゃうんですよ」

「自然体でいたかったんです」

「100%自分のものではなく、100%他人のものでもない。」

「いろんな価値観があることが大切。多様性の中から新たな何かが生まれてくるはず」

刺龍堂店主 Ron氏より


2018年4月22日 インタビュー ライター:Jo

「マジで怖い所だった……」 しょっぱなから私情をさしはさむのは申し訳ないが、この記事はそういった書き出しのものになると、取材直前までずっと思っていた。だって、「タトゥー」ですよ。怖くないわけないじゃないですか。しかも店の名前に「龍」って入ってるし。僕の頭の中に浮かんでいたもの。『アウトレイジ』、黒人ラッパー、『冷たい熱帯魚』、北九州。事前リサーチ中、僕の頭の中ではその店名の「龍」の文字がサブリミナルのごとく脳に焼き付いて離れず、あまつさえ昇り竜が地元のイオンを焼き尽くす夢まで見てしまった。怖いなあ。

そして取材当日。 未知のカルチャーに対する畏怖と、極度の人見知りから僕は内心震えていたが(その畏怖は腹痛となって取材直前の僕を襲うことになる)、勇気を振り絞ってプラットホームへと降り立った。

今回取材に応じていただいた刺龍堂が位置するは、東急東横線の都立大学駅。駅前の一部を除いては、居酒屋やら風俗やらが一切存在しないという「都立大学」なのに大学生泣かせの駅だ。先述したアウトレイジ的イメージを跡形もなく吹き飛ばしてくれるような、落ち着いた住宅街を歩くこと約10分。少し急な坂(後になってこの一辺の地名がかの有名な「柿の木坂」と知ることになる)を登り切ったその先に、「刺龍堂」はあった。

どことなくコンサバかつラグジュアリーな建物のドアを開けると、アウトレイジ的イメージは今度こそ完全消滅。オリエンタルなお香が焚かれ、アースカラーに包まれた落ち着いたスタジオで僕らを出迎えてくれた刺龍堂のオーナーであるRon氏は、「温厚」を辞書で引いたような雰囲気の方だった。目は爛々と輝き、声は溌剌としていた。様々なものを見てきた大人の貫禄と、少年のような無邪気さが同居しているように感じられた。



早速インタビューを行う二階の応接室へと案内してもらう。



階段ひとつを取っても非常に絵になる。どこか突然「近所で一番豪華な家」に案内してもらったかのような、少し浮き足立つような緊張するような、そんな感覚だ。



照明はとても落ち着いていた。雰囲気も手伝って心を安らげる作用のある魔法の「ランプ」に思えてくるから不思議だ。



う〜ん、アジアン。だが同時に、アノニマスな無国籍感の漂う装飾。



た、高そう。そしてさりげなくスピーカーがBOSE。どうりでBGMの耳触りが良いと思ったわけだ。



どことなくゴーギャンの「われらどこへ行くのか」を彷彿とさせる絵画。ことごとくセンスが良いのでどんな小さなスペースでも見逃せない。



一見ホームセンターで売ってる観葉植物かな?と思いきや、全然そんなことはない。どことなく漂う異世界感。



ありとあらゆる箇所にディスプレイされている民族調の置物や、見たこともない植物(知り合いの「植物ハンター」に送ってもらったものだそう)が、嫌が応にもオリエンタルな異国情緒を盛り上げる。そんな中インタビューが始められた。



結果から先に申し上げます。 僕が取材を終えてお店を出た瞬間思っていたことは「旅に出たい……」でした。ただ純粋に晴れやかな気持ちで、そう思っていました。


インタビュー刺龍堂店主 Ron 氏


「本当に自然な流れで出来上がってたんです。自分でスタジオを出そうっていう気持ちも最初はなかった」

まずはじめに刺龍堂を立ち上げたきっかけをお聞きした所、このような答えが返ってきた。と同時に、僕の頭の中は無数のクエスチョンマークで埋め尽くされた。そんな簡単に「自然な流れで」立ち上げられるものなのだろうか?コーヒースタンドとかならまだしも(偏見)、タトゥーのスタジオを…… なんだか狐につままれたかのような気分だが、それはRon氏のバックグラウンドをつらぬく巨大な大河のような流れの延長線上に結実したものなのであると僕はのちに気付く。そのことは追って本記事中で紹介していく。

「可能性に賭けてみたかったんですよ」



もちろん何の障壁もなく寝て起きたら建っていたとのようなことはなく、資金繰りには苦労されていたようだ。お金は友人のアドバイスに従い、「借りるなり何なり」して工面したとのこと。それに当たり前だが、設立当初からすでに今の姿として完成されていたわけでもない。今現在の都立大学のスタジオは三代目であり、初代は池袋の雑居ビル、二代目は自由が丘と、わりと各所を転々とされている。引越しの理由は、主にスペースの問題だったそうだ。初代の池袋スタジオは人が二人入れるか入れないかの規模だったとのこと。



「平均睡眠時間は3、4時間」

Ron氏は池袋時代をそう振り返る。隣のビルとの距離が近いために光が一切差し込まない「独房のような」スタジオで、昼も夜もわからなくなるほどに身を削って仕事をしていたという。そのような過酷な状況になぜ耐えることができたのか。理由の一つとして外せないものは、過去にバリ島のタトゥースタジオで働いていた経験だろう。そしてそこはRon氏の現在の作風を確立させた想いが去来した場所でもある。

「それはもう、クリエイティブとはかけ離れた状況で。自分でやるのなら、他のスタイルでやろうと思いました」

バリ島にあるタトゥースタジオは二種類ある。ひとつは、「現地人向け」のもので、もう一つは「観光客向け」のもの。Ron氏が従業していたスタジオは後者に属していた。連日観光客が途切れることなくやってきて、「ただ見たサンプルを見たまま彫る毎日」だったそうだ。その忙しさは先述の池袋時代を遥かに上回るレベルだったとのこと。Ron氏の作品は公式サイトやfacebookでチェックすることができるが、他に類を見ないようなまさに「クリエイティブ」なものとなっている。そこにタトゥーと言われて思い浮かぶような「いかつさ」は存在しない。幾何学的な、アーティスティックな、システマチックな、いや、シンプルな……? その印象を捉えようとしても指の隙間からすり抜けてしまうような、いいようもない繊細さと芸術性をたたえた図案である。一般的なタトゥーのイメージからは逸脱しているが、そのような路線へと向かわせたきっかけのひとつは間違いなくこの経験だろう。

なるほど、過去のキャリアと独創的な作風を生み出した背景はわかった。では、このような独自の路線に進もうとしたきっかけとなるような、特別にインスパイアを受けた美術はあるのだろうか。そう質問したところ、特にはないとのこと。 またもやクエスチョンマーク。何か、「コレ!」といったものは本当に無いのだろうか。自分の考えを前面に押し出すことの無礼さを承知で申し上げるが、「彫って」生きていくという選択肢を選ぶうえで、他者と違う路線を進むという決断はかなり勇気のいるものであったはずだ。実際、最初期は同業者から「そのようなものはタトゥーではない」と批判を受けることもあったという。そんな勇気ある選択をする際に、背中を押してくれるような「コレ!」といったものは無かったのだろうか。沢木耕太郎が横断歩道を渡っている最中に突然「会社を辞めよう」と決断したように、天啓のようなものを感じこの道へ進む決意をしたのだろうか。

そう、沢木耕太郎だ。RON氏は沢木耕太郎好きである。本棚には代表作である『深夜特急』が。沢木耕太郎といえば、旅。そして旅といえばRON氏。彼は大の旅好きなのである。ここから約一時間半に渡ってのRON氏の旅トークが始まっていく。非常に興味深い話を次から次へと聞くことができ、大変充実した時間だった。そしてそこに、RON氏のこの道へと向かう「ルーツ」は存在していた。脱線しない程度に掻い摘んで紹介していく。



「泣きましたからね、ロンドンの公園で」

Ron氏のファースト・トリップは西ヨーロッパの周遊だった。幼い頃から漠然と海外に興味があり、高校生になってからは自分で色々と海外について調べるようになり、元来から「好奇心が勝ちやすい」性格の彼はついに3ヶ月の旅へと飛び出した。だが、やはりというか右も左も分からない。まだまだ海外旅行が今ほど一般的でなかった時代である。差別も経験したそうだ。ドイツのマクドナルドで、店員に無視される。心ない言葉の応酬を経験する。当然ホームシックになる。どうしてよいかわからず、ロンドンの公園で一人泣いてしまったという。それでも、旅はやめられない。コミュニケーションを通して新しい価値観に触れることが、楽しくて仕方がないそうだ。



「タイの料理屋に行ったら、厨房に入っていって味の調節を頼みますね」

僕はこのことを聞いて二の句が継げなくなった。とてもじゃないが、できない。何でもタイはわりとそのあたりの「ワガママ」が通用する国だそうだ。しかし、その圧倒的行動力。日本人離れしていると言わざるを得ない……と感じるが、インドネシアへの旅行の際に現地の人に完全にインドネシア人と勘違いされていたというエピソードがあるので、それはあながち間違った所感ではないのかもしれない。とにかく、人とのコミュニケーションが大好きとのことだ。

「模様があるとつい目で追っちゃうんですよ」

そして、RON氏は旅に出て多くのものを見てきた。考古学を専攻していた学生時代に書いた土器の図面。アルハンブラの宮殿。インドのジャイプール。戦場。中東のモスク。何かひとつ特別に強く今の作風に影を落としているものは存在せず、今まで吸収してきたものが、「どこかに、なんとなく」図案中に散りばめられているそうだ。まるで模様の玉手箱のようで、見る方もワクワクだ。一つのものに固執することはなく、今まで積み重ねてきたものが彼のスタイルを形作っているのである。それは、旅を通して多くの価値観に触れ、バイアスなくまっすぐに物事を見ることができるスキルが培われているからこそできたことではないだろうか。

「旅に行って、吸収して、吐き出す。その繰り返しですね。あえてそうしてるわけじゃなくて、本当に自然に彫る仕事と旅がワンセットになっているんです」

RON氏はそう語る。



本棚には「トランジット」がずらり。プレミアが付いている号まで取り揃えており、マニアには垂涎モノだろう。やはり、旅好き。

ところで、ここまでこの記事を書いてきた中で一つ「まちがい」がある。それは冒頭で、刺龍堂を「タトゥー」の店と表記していたことだ。 公式サイトを見ていただければ確認できると思うが、「タトゥー」や「刺青」ではなく「彩纏(Sai Ten)」と、自らの作品を呼んでいる。それはどうしてなのだろうか。どういう由来があるのだろうか。

「マッチョな人は来ないんです」

RON氏は幼少期から漠然と「体に模様が入ってるの、面白いな」とタトゥーカルチャー自体への興味は持っていたが、取材前に僕が夢で見たような「昇り龍」に代表されるようないわゆる「和彫り」は刺龍堂では施していないのである。もちろん「彩纏」も「和彫り」もやっていること自体は同じだ。身体に墨を入れる行為である。和彫り自体をRON氏が嫌っているわけでもない。ただ、「ちょっと自分のやりたいこととは違う」といった想いはあるようで、それと併せて「やっぱりちょっと怖いな」という想いも持っている。もう少し、「気軽に」……と言ったらたいそう語弊があるのかもしれないが、彫ることに対しライトな感覚を抱いてもらえるようにこの名称を用いて、差別化をしたいという想いが理由の一つとしてあるそうだ。

「日本には伝統の刺青の世界があり、海外ではタトゥーという文化があり、それらを踏襲し、新たな道を進む。より自分の世界観を突き詰め、自然体でタトゥーとは違う世界観を作り上げ、生きていこう。」

そう、お客さんに受け入れられるのであれば、「タトゥー」でも「刺青」でもなくてもよいのだ。自分は、自分の道を行く。漂泊の末に生まれた決意は、「彩纏」となってここに結実した。

刺龍堂には多種多様な人が来店される。それこそ、「えっ、本当に(タトゥー)入ってるの!?」という人も。医者。モデル。アーティスト。お堅い大学教授から軍事関係者の方まで。ただひとくちに軍事関係者といっても、海兵隊のようなタイプの人は来ず、どちらかというと「参謀」「軍医」のようなタイプが多くスタジオを訪ねてくるとのことだ。

「自然体でいたかったんです」

もうひとつ。RON氏がアメリカのタトゥースタジオへ行った時のこと。何ら特別な要素はないごく普通のスタジオだったそうだが、そこには日本のそれにある「怖い」印象は一切存在しなかったという。普通の人が、普通にふらっと来れるような、そんなスタジオ。どのようなタイプの人もナチュラルに入り混じっている。とても良いな、と感じたそうだ。自然体でありたい。その経験もまた、刺龍堂のエッセンスを構築しているのだろう。「ある意味敷居が高くて、ある意味敷居が低い、そんなスタジオです」



「100%自分のものではなく、100%他人のものでもない。それだからこそ、不思議な、微妙なニュアンスを含んだ作品ができるんです」

そしてここでもやはり、根底に流れ続けているものは「コミュニケーション」である。タトゥー、いや、「彩纏」は、芸術の中でほぼ唯一と言って良い「100%の確率で他者が介在する表現手法」である。キャンパスは紙でも木でもなく、人間だ。人間同士が一対一で作り上げる芸術である。お互いの存在があって初めて成立するのだ。RON氏は依頼者との慎重な対話を通して、何を求められているかを見つけ出していくそうだ。詳しくはここに書くことはできないが、依頼者の中にはかなり壮絶な人生を送っている方もいる。そういった人たちとも対話を繰り返し、自身の価値観をさらに拡張していくのだろう。その無数の旅、対話、観察の経験の「沈殿」がこれからも氏の作品に深みを与えてゆくに違いないだろう。そう確信した。

人とのコミュニケーションが、経験が、好奇心が、知らず知らずのうちに手を取ってRON氏をここまで連れてきたのだろう。「自然な流れで出来上がってた」そのナチュラルさ、飾らなさは、店構えから本人が醸し出す雰囲気までまんべんなく染みついている。そんな魅力に惹かれて、柿の木坂まで足を運ぶ人が今日まで絶えないのかもしれない。県境を、あるいは国境を越えて。

「怖いことがあるんだよね」

とRON氏。さすがに10年以上ノンストップでこの道を歩み続けているのだ。ある日突然、アイデアが「枯渇」してしまうことが怖いのだという。今現在こそ産みの苦しみとは縁遠い生活を送っているそうだが、そういう日が近いうち来るかもしれない。とはいえ、あまり普段はその不安は表に現れてこないらしいが。毎日膨大な量のアウトプットを繰り返しているのだ。一瞬そのような想いが胸に去来してもすぐに忘れてしまうのだという。「ずーっと何かを追い求めてる感じですかね」そう述べる目は鋭かった。無邪気とも言えるほどに好奇心旺盛な、ナチュラルボーン・クリエイターの奥底に、鈍く光るクリエイターならではの静かな戦いの苦悩を見た。 しかしそれは「一番怖いこと」ではないという。では彼にとって最も恐ろしいことは何か。これに関しては、もう少し後に詳しく述べることにする。

ちなみにRON氏は6月にまた旅行へ行く計画を立てているそうだ。行き先は太平洋に浮かぶとある島。生態系が綺麗に島の中で二つに分かれているそうだ。そこでどのようなものを見て、刺龍堂へと「持ち帰って」くるのだろうか。さらに作品の深化をもたらすことを期待せざるを得ない。氏の旅行記はfacebookにて多数公開されているので、そちらも併せて要チェックだ。

(ここで一旦移動し、一階の施術室を見せていただきました)



こちらが地下一階の施術室。一言で感想を表すのなら「秘密基地」だ。若干安直な気もしないでもないが、本当にそう感じたのだから仕方ない。所狭しと並べられたアンティークグッズ、施術用具、そして見事に調和したiMac! このセンスの良さはさすが、としか言いようがない。このような環境下ならば初めての人でも落ち着いて彩纏を施してもらえること請け合いだろう。毒々しさを一切感じないのだ。空間が我々にやさしく寄り添ってくる。鳴り続けている民族音楽とお香の香りが錦上に華を添えて、チルアウト必死だろう。

(RON氏が施しているものは「彩纏(Sai Ten)」ですが、ここから先はカルチャー全体にかかわる話題が多くなるので、便宜上「タトゥー」を用いさせていただきます)



色とりどりに並べられたインク。作風の都合上、やはり黒が一番多い。オーガニック素材を使用した健康志向の「ビーガンインク」である。こだわりのひとつであるそうだが、ここまで「ナチュラル」だとは。敬服せざるを得ない。



こちらは文字通り「墨を入れる」器械、タトゥーマシン。どことなく禍々しさを感じさせるが、最新鋭の器械だそうだ。非常に精密な造りになっており、お値段は「かなり張る」とのこと。 そしてこれにまつわる重要なことがひとつ。これらの器械は全てRON氏が人づてで入手したものなのである。それが何を意味するか?そう、これらの器械は国内で入手することがかなり難しくなっている。原産国はドイツなのだが、厚生労働省が本格的に海外からの輸入に対して規制をかけ始めているそうだ。

表向きには、タトゥーにまつわる産業が法律で禁じられているといったことはない。そもそも法律が存在しないのだ。だがしかし面従腹背というべきか、その実施術用具の方には圧力がかけられ始めているのである。陰湿なやり方だ、と言わざるを得ないだろう。それに、法律が整備されていないということは完全に「自己責任」の状況が生まれてしまうのだ。

タトゥーが置かれている状況は非常にマージナルなものとなっている。

このような話がある。複数人にタトゥーを施した彫り師が逮捕された。理由は「医療行為を施したのに医師免許を所持していない」。だがタトゥーを彫るという行為は医療行為なのか?確かに身体を傷つける行為であり、もちろんアレルギーや感染症の危険もある。だが、考えてみてほしい。それを医療行為ととらえるのはいくらなんでも飛躍しすぎではないだろうか?

違法性に関しては個人個人の判断に委ねるところが多いらしいが、法治国家であるのにそれはいかがなものか。RON氏に言わせてみれば「(海外の状況と比較して)先進国とは思えないほどに曖昧」とのことだ。体制側にとって、触り辛く煙たいカルチャーという認識を持たれているのかもしれない。事実、上で述べたような器具の輸入の規制や、多くの人は目にしたことがあるだろう「タトゥーの入っている方の入浴おことわり」といった張り紙が無数に存在するのだから。だが、後先を考えない頭ごなしな規制のせいでひとつのカルチャーが失われてしまうという事態は笑えない。

そして、先述したRON氏の最も恐れていることがここにある。 それは自身のクリエイティビティが消失してしまうことではなく、「自分以外の理由で彫れなくなること」だ。ある日突然「違法です」と指摘され、居場所がなくなってしまうこと。人との繋がりが絶たれること。その恐怖もまたRON氏を漂泊の旅へと誘っているのかもしれない。一生見つからないかもしれない、安住の地を求めて。

旅はまだ続いていく。



現状は決して明るくない。この先、さらに表立って規制が進んで、より風当たりが強くなっていくかもしれない。そのとき、刺龍堂は、いや、タトゥーカルチャーはどうなってしまうのか。RON氏はどう考えているかをお聞きした。その答えはどのようなものだったか……ここに載せることはしない。読者の皆様にも自分でこの問題について考えていただきたいからだ。ただ、非常に真っ直ぐな見解を示していただけたことだけをここに記しておく。

現在の日本を取り巻いているタトゥーカルチャーへの風当たりは確かに厳しいものがある。が、その一方で、明るい兆しもある。 ある若い女性の方が、所属している仲良しグループ内で自分がタトゥーを入れていることをカミングアウトしたそうだ。そうしたら、仲間内で「実は自分も入れている」といった声が多く上がったそうである。 それだけでない。「タトゥーの入っている方の入浴おことわり」といったステレオタイプの偏見から来る張り紙も最近は撤去している所も多くなっているのだ。これは筆者も常日頃感じていることである。

カルチャーにまとわりついている今現在のイメージを変えることは難しいかもしれない。少子高齢化が進んでいる現代ともなるとなおさらだ。基本的に大人とは肥大化した偏見の塊を所有しているものであり、それを切り崩すのはかなり難しいだろう。 しかし、その塊に真正面から切り込んでいけるのが若者、なのだと思う。まだどのような偏見にもとらわれていない若者こそ、この先のタトゥーカルチャーの命運を任せられるのではないか。僕はそう強く思った。

「いろんな価値観があることが大切。多様性の中から新たな何かが生まれてくるはず」

旅をしよう。コミュニケーションをしよう。世界を広げよう。 刺龍堂は、既存のスタジオとは全く異なる姿勢を僕らに示してくれたと同時に、RON氏のパーソナリティを通じてそのようなメッセージをも僕らへと届けてくれているのではないか。そう思わずにはいられなかった。

「上の世代や色々なしがらみを気にせず、自由に頑張って欲しいという事。失敗しても学び、やり直せるのも若者の特権だと思うので。上の世代が羨むくらいに、どんどん色んな事に挑戦して欲しいです。」

最後にRON氏から一言頂戴して、僕らは刺龍堂を後にした。

なお、刺龍堂は随時メンバーを募集しているそうだ。興味がある方、RON氏の生き様にビビッと来た方はぜひコンタクトを取ってみてはいかがだろうか。


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